翌朝、リリは姿を消していた。
室内には彼女の少しばかりの所持品と服と開けられた旅行鞄が散乱していた。
僕の調査メモも消えていた。
小屋を飛び出した僕は「リリ! リリ!」と叫びながら、草地を駆け抜け森へ入った。
森を抜け、隣の村に向かう。村はずれの一軒家に人の気配はない。山羊もいない。死んだ犬が一匹、転がっていた。撲殺された傷跡と酷いアザ。中庭にニワトリの羽が散乱している。
村の中でも人っ子一人姿を見せない。どこの家を覗いても、村はずれの家と似たような有様だった。猫が一匹屋根の上を歩いていたが、僕の姿を見るとおびえたように、フーッと威嚇して、屋根の向こうに消えた。
三日三晩、次の村でも、次の森でも、そのまた次の村でも……リリを捜し回った。
たどり着いた村はまたもや無人。食料が残されていた家があったので、食べて眠る。発熱。うなされる。悪夢……絞首刑、ギロチン、レイプ……
意識が戻ると、1人の年寄りが僕を見守っていた。
「36、4℃か。平熱だな。もう大丈夫だ」
「ここはあなたの家ですか?」
「いや」
「村人たちは?」
「連れて行かれた」
「どこに?」
「村はずれの丘さ。そこでみんな処刑されてしまった。まるで豚や牛の屠殺場だ。いや、もっと酷い」
「もうお前さんは大丈夫だ。恐怖とストレスと疲労だろう。もっともこの体温計、オレが測ってもいつも36、4℃なんだがな、ハハハハハ」
僕は小屋に戻り、残っていたフィールド調査の資料や、思いを綴ったくだらなく感傷的なメモなどを燃やした。
それから何日かして、2匹のネコが来る。
ジェレムの歌の一節……黒い軍隊がやってきて我々を連れ去った……