ラクダネコ

 [ヤンの手紙]

 我が友トゥービン、君のブルートパーズより青い目を久しく見ていない。
 君の手紙は3ヵ月もボクを追いまわし、今日ここに到着。
 
 そう、手紙の届くより早く、ボクは住む土地を変え、住み家を変える。
 実は、この夏中、トルキスタンにいたんだ!
 何故かって? 一部始終をここに書くことはできない。
 サマーラの図書館でヴェドチェンコのトルキスタン探検記を読んでいたとき、
 奇妙な記述とスケッチを発見したんだ。これがその"ラクダネコ"さ。

 アラル海の東、アムダリア川とシルダリア川に挟まれてキジルクム砂漠があ
 り、さらにその南にカラクム砂漠がひろがっていることは知っているだろう。
 そのカラクム砂漠に、こいつがいるというんだ。
 体長は鼻から尾の先端まで70㎝位。(尾を地面と水平にして測った場合。
 尾を鉛直下方にして測ると40㎝。つまり、シッポは30㎝。)
 胴回りは40㎝。決して痩せてはいない。色は様々。
 エサはラクダ草や小動物類。

 性格は一言で言うとイヤなヤツ。たとえばカラクム砂漠で君が道に迷い、
 近くの町の方向をヤツに尋ねたとしよう。ヤツは正反対の方向を教える。
 そして悪いことに、これを罪悪だとは思っていない。旅人に試練を与える
 ことが自分の天職だと思い込んでいるのだ。
 その結果、君は砂漠のまっただ中で貴重な水を浪費して、幻覚に襲われる。
 その幻覚にもヤツは再び顔を出し、さらに君を間違った方向に導いていく
 というわけだ。君はまたまた試練を受ける。
 そして君は貴重な教訓を身をもって得ることになる。

 でも問題は、このラクダネコがトルキスタンの南、ペルシアのホラサンにある
 サルムング教団のありかを知っていることなのだ。
 サルムング教団は選ばれたごく少数の者にしか扉を開けない。
 ボクは父が残していった木箱の品々の中に、この教団の古い羊皮紙の教典の
 一部を発見していた。
 父がかつて一度語った言葉、『一生で一度、美しい瞬間を目にした者は、
 ただそれだけで神を超越したことになる』の一節もこの教典の断片に記され
 ていた。

 話をもとに戻そう。
 僕はラクダネコをやっとの思いで発見した。
 ヤツの首根っこを押さえて問いただした、教団の砦へ行く道を。
 ヤツはこう言った。
 『道は知らない、本当だ。しかしサルムング教団に教えを受けたイマームが
 ブハラにいる。教団の砦に行く者は、ことごとく殺される。ブハラでその
 イマームの教えを受けた方がお前のためだ。オレを信じろ。
 オレは人生で一度もウソをついたことはない。神に誓ってもよい。』
 
 ボクは迷いに迷った。ヤツの言う事はどのみち全てウソであろう。
 それならより本当らしいウソにかけるのも一つの手ではないか。
 ボクはブハラに向かった。

 ペテルブルクやモスクワが争乱の中にあっても、辺境トルキスタンにおいて
 はツァーロシアの威光はかろうじて保たれていた。
 4週間後、僕は無事にブハラの入口に立つことができた。
 街を囲む城壁の東側の門をくぐり、どうといった感慨もなく街に入った。
 宿にかばんを置いて、チャイハネで一休みすることにした。
 羊肉と玉ねぎのいっぱいつまったサモサとかいうものを食べ、茶を飲んだ。
 40度を超す炎暑の中でも、木陰の縁台を通る乾いた風は、近くの貯水池から
 ほんの少しの湿り気と涼しさを運んでくれる。
 空の青と同じ色に塗られた縁台の上に横たわって、広場の向こうに見える
 ミナレットの美しさを眺めていると、サルムング教団の砦に行くなんて
 馬鹿げた企てという気がしてきた。

 一週間がすぎた夕刻、僕は、求めるイマームに対面した。
 彼は何といったと思う?
 『神は既に破壊されているのです。
 教団の砦にも神の破片がごろごろあります。誰も見向きもしません。
 もっと巨大なかけらもありますよ。あなたが足で汚しているものですよ。』
 イマームは茶をすすりながら淡々と語った。
 言葉が途切れると、心地よい微風が彼と僕の間を抜けていった。僕はこの風
 の中でまどろんだ。イマームの言葉は次第に聴覚から消えていった。

 まったく!宗教なんてくだらない!
 しかし、今思えば、ラクダネコとの遭遇は愉快な経験だった。
                   
                   終生かわることのない友情をこめて
                   オレンブルクにて、     ヤン

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