ボロディン

 [トゥービンからヤンへの手紙]

 親愛なるヤン、僕は長らく君のコハクの眼を見ていない。
 先日、当地の音楽院ホールにて、院生ミャスコフスキーのクァルテットの
 初演がありました。まるでわがロシアの好ましい中編小説を読み聞かされて
 いるかの印象を受け、深く感銘しました。特に第一楽章が良く、ヴィオラの
 声部がよく書けています。

 あ、それから1ヵ月ほど前には、僕も同じホールでブラームスの小品を
 ロシア風グランドスタイルで弾きました。これは私的な演奏会で、指導教授
 に、『まるでヤルタの海岸通りを歩くブラームスだね』と言われたのですが、
 これは褒め言葉なのか、それとも逆なのか。

 まあ、その話はやめにして、僕がボロディンを敬愛しているのは君も知って
 いるはずです。我がロシアの偉大なる巨匠レーピンの描くボロディン像と同じ
 ポーズをとって、写真を撮りました。あとで見ると柱の陰にノラネコが写って
 いて、がっかりしています。君に是非見てもらいたく同封致します。
 ほら、左下の隅にいるでしょ。全く、クソッ。
                           君の変わらぬ友
                             トゥービン

 追伸、当地も政治的状況は日に日に緊迫の度を深めている。
 学生の中にも革命を語る者が数多くいる。
 僕はまだ自分の立場を決めかねている。君の考えを聞きたい。一刻も早く。

NEXT おわりに