……カワカマス君がヴァイオリンを抱えて、長い頭をのぞかせた。
「……こちらがカワメンタイ君です。そして、彼が持っているのは、ボクの手製の箱型ヴィオラなんです。……」
珍しく朝早く起きて焼いたピローグを白樺で編んだかごに詰め、草に敷くボロボロの絨毯の切れ端を丸めて、麻ひもでしばった。
ボクは小屋に戻り、カンテラに灯を点して、カワメンタイ君に渡した。
キノコがいっぱい詰まったピローグをほおばりながら、さすがのカワカマス君もしばらく口がきけなかった。三人でお茶を飲み、ピローグを食べるのはとても楽しかった。
ヴァイオリンとヴィオラと、それからカンテラが斜面をジグザグに下っていった。
「あ、そうだ! 今日は外でお茶を飲みませんか、これだけ思いっきり気持ちのよい秋の日は今日が最後かもしれないから」とボクは提案した。
……
みんなで椅子を持ち出し、窓際に机がわりに置かれていたボクが作ったテーブルを運び出した。
北側の窓に掛けてあった布をはずして、即席のテーブルクロスにした。
そして最後にサモワールに火を入れてから、テーブルの上にのせた。
カップ三客とスグリのジャムのビンをのせた。
時とともに、吹き上がる風に運ばれた枯葉が一枚、二枚と、テーブルクロスに舞い降りた。そしてあるモノは再び舞い上がり、どこかへ飛び去って行った。
落葉樹にはためく黄葉の閃光は、真っ青な空を背に地上を照らし、そこに生きる全ゆるモノの目を射た。
ボクは長めのマフラーを捜してきて、使うようにと渡した。
カワカマス君は礼を言って、首というか、頭にぐるぐる巻きつけた。
エラが締めつけられて苦しそうだったので、今度はボクも手伝って、フンワリと巻きつけた。
「丘の上でコケモモの実を採っていたらどんどん雨がひどくなって……」
と濡れネズミのリスは言った。
……
モスリンのような薄い布の袋から、赤い小さな実の色が透けて見えた。
突然行く手の道を左から右へと小さいモノが横切った。よく目を凝らして見ても、もう何もない。気のせいかなと思って進んで行くと、今度は右から左へキノコが走った。
……
おそるおそる近づいてみると、大きなキノコの笠を抱えて野ネズミがボクを見つめていた。
それからまた、一心にスケッチを続けた。とても短い鉛筆を握って。
小さな黄ばんだ破れ紙に、やはり小さな木の板を台にして、どう見てもボクにはわからない絵だった。
……
「あのネ、忘れちゃうといけないからネ」
野ネズミは、そんなボクの悩みを察して、スケッチを続けながら手短に答えてくれた。
「ペーチカがあるといいな……」リスがポツリと言った。
リスは中へ入ると、カチカチに氷った小さな帽子を卓に置いた。
……あ、一緒に食べるといいよ。ただのジャガイモのスープなんだけど」
戸を開けると、急に思い出したように吹く風といっしょに、小さな袋をブラ下げたリスが立っていた。
……
「ア、どうもありがとう」とお礼を言って中をのぞくと、小さなドングリがぎっしり入っていた。
ボクは、卓の上で転がったドングリを見ながら、途方に暮れた。どうやって食べたらいいのかわからなかったから。
カワカマス君のヴァイオリンは、ボクのつまらないガラクタの横で、埃を被って長い眠りについていた。
光はそこにも当たっていた。
ボクは濡れネズミのリスに誘われて、雪融けの大河を見に出かけた。
ボクは見た。大きな氷の上で、二匹の魚がヴァイオリンとヴィオラを弾いているのを。
……
—あの二匹は、本当のロマになって、あちこち旅をしているのかもしれない—と。
落葉松の林をぬけて、唐檜の森に入る。
唐檜の森は、深くため息をつくように再び静寂に包まれた。