ボクが戸の前に立つと、まだノックもしていないのに、
「ああ、ヤン君、はいんなさい。」と中で声がした。
レコード盤から流れるワルツはどこかで聞いたような旋律であった
けれど、たぶんボクの知らない曲だった。酔っ払った軍楽隊がふらふら
行進しながら吹いているような演奏であった。
「古いワルツですね」とボクは戸を開けて言った。
「そうだね。昔、昔のワルツさ」とクマのおじいさんは答えた。
「なんという曲ですか」と聞くと、
「ええと……」と思い出せないおじいさんは、仕方なくレコードを
止めて、黒いラッカー盤の赤いラベルを見ていた。
「ワルツ、ワルツ……」その先が読めないおじいさんは、丸くて青い
レンズの眼鏡をかけて、
「ワルツ・フランソワ、カラシンスキ作だね」と教えてくれた。
青い丸眼鏡をかけたクマのおじいさんは、歌うのに夢中で、いつもの来訪者
に気づいてくれなかった。ニワトリは横目でチラチラとボクの方を見ていた
が、精一杯金切り声をあげて歌っていた。牛は仕方なく歌っているようなふ
りをしていたが、目だけは真剣だった。
蓄音機はその能力の限界を超えて鳴り響いていた。針はしょっちゅう振り切
れたが、その度にニワトリは素早く跳びついて器用に直し、同じフレーズを
反復することもなかった。
こんな高らかな葬送のマーチがあるだろうか。
すると突然、オーケストラは静まり、みんなも合唱を止めた。そして、
蓄音機からまるでラフマニノフのような感傷的なピアノが奏でられ始めた。
ピアノが甘く切ない変奏を繰り返すと、オーケストラがそっと寄り添って、
伴奏を始めた。
「これは一体誰の作ですか」とボクは思わず声を出した。「おや、ヤン君。
よい時に来たね。これはアレンスキーの"葬送マーチ"と"ノクターン"だよ」
「なんで葬送行進曲の後にこんな甘いノクターンなのですか」
「さあてね。これは組曲の一部だからね。さあもう一度初めから一緒に歌お
うじゃないか。ラア、ラァーラ、ラーラ。ラァ、ラァーラ、ラァーラ」
ニワトリが再び針を落とすと同時に、クマのおじいさんが歌い出し、つられ
てボクも、もちろんニワトリと牛も大きな声で高らかに歌い始めた。