著者に会いたい
1998.6.21 朝日新聞
『ヤンとシメの物語』
―ジャンル分けできない物語 ―

 猫のヤンを主人公にした物語は、これで三作目になる。持ち込みだった一作目の『ヤンとカワカマス』、二作目の『草原の祝祭』と、底に流れるテーマは「お互いにひそかに尊敬のまなざしを送り続けながら、一人ひとり自由に生きていく」という理想の関係だ。

 舞台はロシア、時代はロシア革命前後。特別なストーリーはなく、ヤンが出あう魚や鳥たちとの会話から生まれる世界は、優しいけど甘くなく、ありきたりの感動で読者を納得させてはくれないが、すさんでいる心にはかなり効く。

 
 書店によって児童書、日本文学、外国文学と置かれている場所がバラバラなことからわかるように、ジャンルを特定するのは難しい。著者自身は萩原朔太郎になぞらえて「散文詩風ロマン」と言う。小説とも童話とも言い切れない物語である。

 二年前まで東京・渋谷で「オデッサ・イスタンブール」というカフェを開いていた。多くの亡命者が船出したロシアの玄関港オデッサと、その受け入れ口だったイスタンブールのイメージを重ねたカフェは、都市計画による道路拡張のため三年で立ち退きになってしまった。そして、理想の空間は物語に引き継がれた。

 カフェとは別に、約二十年間学習塾で小中学生を教えてきた。今の子供たちについて、「独りでいることへの恐怖感が強く、自我の範囲が確立されていないから他人との距離感がとれない。自分のことを言葉で表現できない」と話す。
子供たちには、さし絵を元にした絵はがきを配ったが、読むことは勧めない。「ストレスいっぱいの子供たちにプレッシャーをかけるようなことはしたくない」と言う。

 ゆっくりと選びながら話す言葉の奥に、静かで強い意志が感じられる。

 ヤンは、写真で抱いている愛猫の名前でもある。次作ではイスタンブールが舞台になりそう。「本を読まない人でも絵から入ってくれるかもしれない」と、好評のさし絵にもますます力が入る。 (吉村千彰 ) 

BACK to Critique 批評

Top ネコのヤンと愉快な仲間たち