〈4〉
 翌朝、バスでグルジアのトビリシに向かう。
 トビリシに入ったのは、夕刻。バルコニーのある建物が続いている。暮れなずむトビリシの街は美しかった。
 円錐形のグルジア教会の屋根が夕陽を反射している。「ヤンとシメの物語」のシメ君は光るものをくちばしで叩くのが好きだった。そのシメ君お薦めの屋根だ。

 その夜、古い教会で民族音楽のコンサートが開かれた。美しいイコンが飾られていた。シメ君が渡りに出発する時ヤンにプレゼントしたのは、こんなイコンのかけらだったのだろうか。

トビリシの街
円錐形の屋根のグルジア教会
民族音楽コンサート
 次の日、背の高い並木が続くトビリシのメインストリートを歩いていると、英語で話しかけられた。大学生で名前はテムニー。漢字でトビリシと書けると言って、漢字らしきものを書いてくれた。「弟比里斯」と判読できる。彼の先生は部屋にブッダを飾って拝んでいるそうだ。明日は暇だから色々案内してくれると言うが、私達は明日出発しなければならない。通り沿いにあるグルジア教会を案内してくれた。竜を退治している聖ゲオルギーのイコンが飾られていた。地下の横断歩道を通って、通りの向かい側に出るとジュース店があった。店内は床も壁も柱も大理石で、壁には美しいモザイク画、店の奥の大理石のカウンターに大きなジュースサーバーが並んでいて、果物やベリーのジュースが何種類もある。客はみんな、広い店内で立って飲んでいる。テムニーがジュースを注文してご馳走してくれた。別れ際、並木のニセアカシアの花が散って、テムニーの唇に落ちた。まるで映画の一シーン。トビリシは美しい街だ。

 
 横町に入って散策を続ける。家の角で黒い服のおばあさんがネコたちにエサをやっている。長いシッポが美しいS字の曲線を描くネコたちも、おばあさんも、小柄でスマートだ。トビリシのネコは何を食べるのか興味があったけれど、典雅なS字を乱すのを恐れて、近づかなかった。
 もう少し行くと、曲がり角の向こう、坂の途中でおじさんが大声で何か言っている。「アトクーダ?」 迷子になって横町に入り込んだ旅行者と思われたかな?道を教えようとして 「どこに行くの?」と尋ねているのだろうか? ロシア語を知らない私達は、ニコニコして先を行くしかなかった。(おじさんは、「どこから来たの?」と聞いていたのだった。)
 そろそろメインストリートに戻らなければと、角を曲がると、外壁に小さな看板が掛かっている建物がある。ピロスマニみたいな絵に不思議な形のグルジア文字とロシア文字。ロシア語を調べると、ヒンカリ(グルジア餃子)とピーヴァ(ビール)と書いてあったのだった。このレストランにも入ってみたかったが、夜はホテルの食事をキャンセルして、レストラン・ダリヤルに向かう。ピロスマニの絵を見たいのなら、と添乗員の勧めだ。
 レストランのドアを開けるとすぐ地下への階段がある。階段を下りると、入り口からもうピロスマニの絵が出迎えてくれる。テーブルにつくと、壁中がピロスマニの絵で覆われている。夢中でカメラのシャッターを切っていたら、店の人に見咎められた。写真はダメと身振りで言っている。何枚か隠し撮りもしてみたが、結局みんなピンボケだった。絵に気もそぞろで、シャシリク(串焼き肉)の味はどうだったか覚えていない。今考えると、あの絵は店内装飾のためのコピーだったのだろう。壁一面、隙間無く絵で埋まっているのは不自然だ。しかし、あの時はコピーだとは思いもせず、ピロスマニに囲まれて有頂天だった。コピーでもピロスマニの絵は良かった。 

トビリシのメインストリート↑↓
ジュース店
ピロスマニ風の看板
ピロスマニの絵で埋め尽くされたレストラン・ダリヤル
〈5〉に続く